初恋は実らぬものというけれど……ある辺境伯令嬢の場合
「この時間、お屋敷の人たちは食堂かと思います」
おそらく朝食の準備をしている頃だろう。
この屋敷ではゆったりと時間が流れているから、前伯爵さまが起きる十時ごろまでが使用人たちにとって一番平和なのだ。
裏庭から厨房の入り口に回って声をかける。
「お客様ですよ~」
ドアを開けて入ったら、サリーが朝食のスープをかき混ぜているところだった。
案の定、気が付いていない。
「サリー! お客様!」
もっと大きな声で呼びかけたら、サリーが驚いたようにこちらを見た。
「おぼっちゃま!」
「よしてくれ、サリー。この年でおぼっちゃまはないだろう」
「まあまあ、お久しぶりでございます」
サリーはものすごく嬉しそうだ。
だけどルーファス様はイライラとした口調だし、お顔の色もよくない。
「それより、私の妻がここに来ていないか?」
「妻?」
サリーはキョトンとしている。
「おぼっちゃま、サリーをからかわないでくださいまし。妻とは、若奥様のことでございましょ?」
「ああ。コーデリアがここに来ているはずなんだ」
話題がこっちに向きそうだから、私はこっそり庭へ戻ろうとしたが遅かった。
「王都のお屋敷からは、一度お医者様がおみえになったきりでございますよ」
「ばあさん、看護人のリアやエラもいるじゃないか」
ちょうど顔を見せたロンが余計なことを言うものだから、外に出るタイミングを失ってしまった。