初恋は実らぬものというけれど……ある辺境伯令嬢の場合
「いけ好かない方ですね」
案の定、サリーはプンプンだ。
ここは引退したとはいえ、前ロールザイト公爵が住んでいる屋敷だ。
豪奢な造りではないが敬意を表してもいいはずなのに、トーマスという文官は礼儀知らずといえそうだ。
お昼寝の時間のカルロス様に、屋敷の中の嫌な雰囲気が伝わらなければいいのだけれど。
そう思いながら、私はルーファス様のぶんまでお茶を淹れて、応接室に戻った。
「とにかく、急いで都に帰って来てくれ」
トーマス様は必死にルーファス様に頼み込んでいる。
「君がいないとすべてが前に進まないんだ」
おかしなことをおっしゃっている。
ルーファス様は優秀だけど、側近のひとりでしかない。
たくさんの文官がいるはずなのに、病みあがりのルーファス様を頼るなんてどうしたことだろう。
「アラン王子やエレン様からも催促されているんだ。ルーファスはまだかって」
「そうか」
「そうかって、ほかにないのか? 王子とその婚約者様からの直々の頼みだぞ」
私はそっとティーカップをおふたりの前に置いた。
「ああ、もう茶はいいよ。口に合わない」
トーマス様はカップを遠ざけた。
「申し訳ございません」
こんなとき、サッと頭を下げられるのは辺境伯家で侍女として働いていたからかもしれない。
「リア、君の淹れてくれたお茶はいつも美味しいよ」