だって、そう決めたのは私

序 夫の好きな人

――いや、私は何を望んでいるんだ。

 楽しそうに話す彼を見てハッとした。誰か私を止めて。余計なことを考えるな、と叱って。心が叫ぶ。けれど、表情を変えたりはしない。笑顔を貼り付けて、彼の話を聞くこと。それが今、己に課されたミッションだと言い聞かせた。

 その穏やかな声色が、いつもよりも弾んでいる。ゴツゴツした太い指に嵌められた、揃いの指輪をぼんやりと眺めた。嘘くさい笑みを添えて相槌を打つ自分が、今にも嫌いになりそうだった。

「それでさぁ。何だかモジモジしてるんだよ。ちょっと笑っちゃうよね」

 キャッキャと話す宏海は、何だかいつもより楽しげだ。それは、あの人(・・・)の話をしているからか。無意識に、テーブルの下で手を握り込んでいた。全て分かった上で、自分で選んだ道だ。それを今更、後悔などしていない。ならば一体、何を望んでいるのか。まさか、彼に愛されたかったとでも言うのか。薄く薄く息を吐き出し、静かに長く息を吸った。

 後悔はしない。していない。そう言い聞かせているくせに、心の中が明らかに下を向く。どうしてこんなことになったんだろう。ただちょっと、彼と近くなりすぎただだけ。ただちょっと、気がつくのがおそかっただけ。後悔しているわけじゃないんだ。だって、そう決めたのは――
 
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