だって、そう決めたのは私
――私は今、どんな顔をしている?

「まぁくんがね、恋してるんだよ。あれ、絶対に」

 食卓に座ってそう話す宏海は、ちょっとはしゃぎながら缶ビールを揺らした。いつもより楽しそうに見えるのは、彼の話をしているからだろうか。胸がズキリと軋む音がする。私たちにとって、唯一と言っていい共通の話題は匡。アイツの話がこうやって出てくるのは当然のことだというのに。

「何があったの」

 何とか笑みを作って返した。彼が嬉々として話し始めたのは、今日の匡の話。アイツが恋をしているのではないか、ということ。宏海が目を輝かせて話すほど、珍しい内容であるのは確かだ。

 匡の愛犬ブンタが、昨夜の散歩で女の子に歩み寄って行ってしまったという。それは純粋に、私も嬉しいなと思った。担当医として、とても大きな変化だと感じたからだ。ブンタという柴犬は、前の飼い主に捨てられ、心を閉ざしていた子だった。託せる先が見つからず、保護団体も病院でも限界を感じていた時、閃いた相手が匡。単身ではあるが、近くに頼れる親族もあって、人間的にも問題はない。急にそんな話を持ちかけた私に、アイツは嫌な顔こそしたが、すぐにブンタを見にやって来た。それから何度か会いに来て、徐々にトライアルをして、ブンタも匡に少しずつ心を許し始めた。そうして彼に託した結果、バカ飼い主と甘ったれな柴犬なったわけである。それでも、匡や私たち病院関係者以外には、まだ歩み寄れなかったはずだ。自ら進んで他人の元へ行ったなんて想像すら出来なくて、私は話のその部分に感動してしまっている。

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