だって、そう決めたのは私
「認めたくなかったんだけどね。色々考えたら、今のポジションを誰にも渡したくないなって。宏海の一緒にご飯を食べて、笑っていられるのがすごく落ち着いて。あぁ好きなのかもって」

 話すつもりのなかった、行き場を失くした思いを吐露する。こうして誰かに言葉にするだけで、昇華させられる気がした。他の誰にも、当然宏海にだって打ち明けることのない気持ち。僅かに、心の隙間から晴れ間が見えた。
「そっか。幸せだね」

「うん。そうだね。あ、でも、宏海には好きな人がいてね。本当は、この気持ちに気付いたらいけなかったんだと思うの。だから、彼に伝えるつもりはないんだ。もし言葉にしてしまったら、この生活自体も手放さなければならなくなるからね」

 へへへっと笑っていた。だから心配はしないで、と添えて。暁子は、今にも泣いてしまいそうな顔をしている。それが申し訳なかった。

「やだ、そんな顔しないでよ。いいの、いいの。今の生活を守る方が、気持ちを伝えるよりも大切だもの。ほら、それに。私はやっぱり、幸せになんてなれないから」

 そう笑って返せた自分に驚いている。でも、これは本心だった。

 私は、今の生活を続けていきたい。毎日淋しくない。それに、楽しい。楽したい気持ちがゼロかと問われると、少し口籠もるけれど。私にとっては良いことだらけだ。この生活は、私を満たしてくれる。それを簡単に手放すことは出来ないし、ましてや、それを誰かに手渡すなど出来るわけもない。もし彼への感情が強くなってしまって、多少苦しさ味わうことになったとしても、それは仕方ないのだと飲み込めるはずだ。
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