だって、そう決めたのは私
「そのページに、何が書いてあったの」

 あまりに自然だった。おずおずと聞いてくる彼を想像していたから、驚いて凝視してしまう。このナッツ美味しいね、とでも言うように、宏海はすごく普通のテンションで言うのだ。それだからだろう。気持ちは思ったよりも楽だ。辛かったね、とか優しく寄り添われてしまったら、きっと一緒に深く沈んでしまった気がする。

「うぅんとねぇ。素敵な老い方、みたいな記事でね。インフルエンサーの私生活的なこと。お部屋紹介とかね。まぁ結果的には、『私たち幸せなんです』みたいな記事よ」
「うわぁ……」
「ホント。その感想が、まさに私の気持ち。よくもまぁ他人の夫を寝取っておいて、堂々と幸せですぅって出来るもんだって。いやまぁ、離婚して二十年も経ってれば、もう時効なんだろうけどさ。今更アレ(・・)に何の情もないけど、思い出してムカついちゃって」

 グビッとワインを飲み込んだ。空になったグラスに、自然と宏海が静かにワインを注いだ。トクトクと微かな音がする。あぁなんだか、心臓の音みたい。目の前に滑り出されたグラスをゆらゆらと揺らして、ピンク色の水面を眺めれば、宏海は「綺麗だね」と微笑んだ。

 微かに心が揺れた。同じ物を見て、同じように感じてくれる人が傍にいる。幸せだな、と思った。それは、ときめくような感情ではなくて、ホッとするような安心感。彼との生活は穏やかで、心が凪ぐのだ。宏海はどう思っているだろう。この安堵を彼も感じていてくれればいいけれど。
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