だって、そう決めたのは私
「これ、大事にするね。病院に持って行ってもいい?」
「うん。僕もアトリエで使おうかな」
「仕事の合間に、嬉しくて笑っちゃいそう」
「嬉しい?」
「嬉しいよ。だって、男の人から贈り物みたいなの貰うのなんて、本当に久しぶりだし。カップ変えるのも数年ぶりだしね」

 カナちゃんが、マグカップを両手で包み込む。それは大事そうに。もう少し良いものをあげたかったな。そんな心残りはあるけれど、買って良かったと思えた。暁子さんには本当に感謝だ。

 あの時僕は、両手に色違いのカップを持って悩んでいた。意外と可愛いな、とだけ思っていたけれど、暁子さんが悪魔のように囁いたのだ。「カナコの病院のカップ、数年前の100円ショップなのよね」と。そして彼女は、ニヤリと笑ったのだ。一瞬意味を考えてしまった僕を置いて、彼女はカナちゃんの方へ駆けて行ってしまった。苦笑いのまま僕がレジに言ったのは、言うまでもない。

 今まで、ただ生活を共にするだけだった僕らに、思い出が一つ出来た。それが微かなものだったとしても、どこか晴れやかな気持ちになる。こうやって少しずつ、温かな物を増やしていければいい。今はそれくらいで、求め過ぎないでいたい。いつか終わってしまうかも知れない生活を、ずっと心の中で大切な時間だったと思えるように。
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