だって、そう決めたのは私
「さてさて、カナコさん。一昨日はお世話になりました」
「いえいえ。お役に立てたなら良かったです」
「はい、とても感謝しています。渉くんが、今度は二人で飲みに行きませんかって言うのよ」
「うん。それは昨日聞いてきた。というか、聞かされた」
「なにそれ」

 昨日は会社に行く日で、案の定昼休みに五十嵐くんがやって来た。お礼だという羊羹を持って。きっと彼の中で、だいぶ暁子と近づけたと思ったのだろう。無駄にキリッとした顔をして、今度は二人で飲みに行きましょうって言いました、と報告を受けた。鼻息荒く、意気揚々としていたので、多少気圧された感は否めない。

「暁子はさ、どうなの? 正直なところ」
「んー、どうかな。渉くんは悪い子じゃないし。一緒にいて楽しい。でもまだ、その先に進めるかと問われると、ちょっと即答できない。慎重になり過ぎかな」
「いや、いいんじゃない? 五十嵐くんも本気で向き合ってるみたいだし。まぁいっかって返事するよりは、良いと思うよ。もう愛だの恋だのってはしゃぐ年でもないし。相手を確認しながら、一歩進めれば良いと思うな」

 五十を過ぎた私たちにとって、大事なことは体の相性ではなく心の相性である。いつまでも女でありたいと考える人もあろうが、私と暁子にとっては『老後を共に出来る相手なのかどうか』が大事だ。その点、恋愛感情で繋がっていなくとも、宏海は満点の相手である。

「そうかな。なんかカナコが言うと、そんな気がするから不思議よね」
「もう。絶対に間違ったこと言えないじゃない」
「だってさ? 一応、結婚の経験もあるし」
「失敗したけどね」
「それに宏海くんのこともさ、少しずつ関係性を温めてるわけじゃん。この先変化がないとしても」
「まぁ、そうだけど……」

 この先変化がない。その言葉が、なんか今日は面白くなかった。このカップを持っているからだろうか。一週間前とは違う変化がここにあるというのに、この先がゼロだと断言するような言い方が気に入らなかった。
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