だって、そう決めたのは私

「宏海がなんて言ったか知らねぇけど。そのブンタの行動が一番でさ」
「まぁね。あのブンタだもんね。私、今でも想像付いてない。ただ宏海はその頃のブンタのことを知らないし、私たちと同じ熱量で感激したり、理解するのは無理でしょう」
「まぁな。ただこの間、偶然にあの子がカレー屋に来た時は大変……というか面倒だったんだよ。宏海だけじゃなくって、千夏まで盛り上がっちゃってさ」
「匡が恋をしたって思ったら、はしゃいじゃう彼らの気持ちも分かるけど。あんたの言うことも分かった。ブンタが人間に対して心開いたんだもんね。感動するわよ。それは分かる。まぁとりあえず、今のところはね。そういうことよね」

 今のところはってなんだよ、と匡がギロリと睨んできたが、べぇッと小さく舌を出してやった。本当に、感動する気持ちは分かるのだ。保護されたケージの隅で丸まっていたあの子の姿が、今にも思い出される。臆病で、いつも何かの影に隠れているような子だったブンタ。匡と一緒に住み始め、予防接種などで病院に顔を見せる度、徐々にだけれど表情が豊かになったなと感じている。匡の言うことは聞いているようだし、診察室で見る限りでは、とてもいい関係なのだ。そういう点で、彼を選んだことは正解だったなと思っている。

「ブンタはさておきさぁ。それで、どう思う? 五十の恋」
「だから、俺に聞くなよ。宏海にでも聞け」
「聞いて、妙案でも出ると思う?」
「いや、思わねぇけど。まぁでも……五十だからどうっていうのは、言い訳なんじゃねぇの」
「ほぉ。まぁ分かるけれど、そう上手くはいかないじゃない。綺麗事とまでは言わないけど、失うものとか傷つくことを考えたら、諦めが勝つというか」
「まぁなぁ。多分、気付いたらそうやって言い訳してるんだよな。俺だって。きっと無意識に傷付きたくねぇって思ってるんだろうな。もう、二度と」

 匡が力なく笑った。あぁ、百合のことが引っ掛かっているんだ。そう思った。でも、もう三十年も昔の話。匡だって、未だ囚われているわけではないと思っていた。私がこんな話をしてしまったから、思い出してしまったのだろうか。応じるように眉尻を落とした。彼だけじゃない。私にも、後悔は残っているのだ。
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