だって、そう決めたのは私
あの時、それまで通りに他の友人たちと皆で仲良く出来ていたら。もっと友人として出来ることがあったのではないか。そんな後悔を幾度としてきた。戻らない時間。どちらが悪いとも言い切れず、忙しさを言い訳にして逃げた。私の中でも、若かりし時の苦い苦い思い出だった。
「百合……元気にしてるか」
「え?」
「深い意味はないよ。ただな、毎日ここに立つようになって、思い出すんだよな。昔のこと。カナコも百合も、よくここに来ただろう。他の奴らも元気にしてるかなとかさ。みんな、幸せにしてると良いなって思うんだよな」
清々しい、前を向いたおじさんの顔だった。でも、驚きで上手く返せないでいる。あれから今まで、百合の話は避けてきた。互いに、だ。わざわざ傷に触れることもない。そう思って数十年。その話題が初めて上り、確実に私は動揺している。静かに息を吐き切ってから、普段通りに笑ってみせた。
「百合ね。うん、元気だよ。私、病院ともう一つ働いてる場所あるじゃない? その会社に誘ってくれたのは百合なんだ」
「あ、そうなんだ。言ってくれりゃいいのに。って言いにくいか」
「うん、まぁ。ずっと私もね、百合と連絡取ってなくて。本当に久しぶりに再会したの。もう五年位経つかな。でも、すぐにあの時に戻れた」
「そっか。百合らしいか」
「でしょう。あれから出産して、すぐに別れたんだって。その子供も、もう三十。立派なおじさんだって笑ってる。元気だし、幸せそうよ」
「うわあ……そりゃ俺たちも年取るわけだよな。三十の子供がいても可笑しくねぇのか。俺たち。子供がいないとさ、そういう感覚ないよな」
「あぁ、うん。そ……うだよね」
共感出来るようで、出来なかった。卑怯だな、と思い奥歯を軋ませる私をよそに、三十年かぁ、と匡は繰り返す。その表情は、すごく穏やかである。
「カナコ。この前も言ったけど、宏海のことどうするんだよ」
「どうって、何。いつ聞いても同じよ? 私たちは、契約婚。愛があるわけじゃない。でもだからって、縛り付ける気もサラサラないんだから。彼が好きな人が出来れば、即座に終わりにするつもりでいる。私だって、宏海に幸せになって欲しいもの」
「この先のことが気になったから、五十の恋がどうの言い出したんだろ。宏海の幸せって言うけどさ……それって、カナコじゃ出来ねぇの?」
急に何を言い出すのか、この男は。宏海は今も、匡を思っている。それを間近で見ていて気付いているのに、一体どうしろというのだ。
「ダメというか、宏海が望んでないわよ」
そう返すのが、精一杯の強がりだった。
「百合……元気にしてるか」
「え?」
「深い意味はないよ。ただな、毎日ここに立つようになって、思い出すんだよな。昔のこと。カナコも百合も、よくここに来ただろう。他の奴らも元気にしてるかなとかさ。みんな、幸せにしてると良いなって思うんだよな」
清々しい、前を向いたおじさんの顔だった。でも、驚きで上手く返せないでいる。あれから今まで、百合の話は避けてきた。互いに、だ。わざわざ傷に触れることもない。そう思って数十年。その話題が初めて上り、確実に私は動揺している。静かに息を吐き切ってから、普段通りに笑ってみせた。
「百合ね。うん、元気だよ。私、病院ともう一つ働いてる場所あるじゃない? その会社に誘ってくれたのは百合なんだ」
「あ、そうなんだ。言ってくれりゃいいのに。って言いにくいか」
「うん、まぁ。ずっと私もね、百合と連絡取ってなくて。本当に久しぶりに再会したの。もう五年位経つかな。でも、すぐにあの時に戻れた」
「そっか。百合らしいか」
「でしょう。あれから出産して、すぐに別れたんだって。その子供も、もう三十。立派なおじさんだって笑ってる。元気だし、幸せそうよ」
「うわあ……そりゃ俺たちも年取るわけだよな。三十の子供がいても可笑しくねぇのか。俺たち。子供がいないとさ、そういう感覚ないよな」
「あぁ、うん。そ……うだよね」
共感出来るようで、出来なかった。卑怯だな、と思い奥歯を軋ませる私をよそに、三十年かぁ、と匡は繰り返す。その表情は、すごく穏やかである。
「カナコ。この前も言ったけど、宏海のことどうするんだよ」
「どうって、何。いつ聞いても同じよ? 私たちは、契約婚。愛があるわけじゃない。でもだからって、縛り付ける気もサラサラないんだから。彼が好きな人が出来れば、即座に終わりにするつもりでいる。私だって、宏海に幸せになって欲しいもの」
「この先のことが気になったから、五十の恋がどうの言い出したんだろ。宏海の幸せって言うけどさ……それって、カナコじゃ出来ねぇの?」
急に何を言い出すのか、この男は。宏海は今も、匡を思っている。それを間近で見ていて気付いているのに、一体どうしろというのだ。
「ダメというか、宏海が望んでないわよ」
そう返すのが、精一杯の強がりだった。