だって、そう決めたのは私
 確かに話が盛り上がっているようではある。だが、我々が気にしているのは、関根さんが《《女》》を出し過ぎているということだ。先日の宣言通り、ササキという彼を狙っているのだろう。『私は可愛い』を体中に貼り付けているのである。まだ仕事中で、ここは職場。呆れを通り越して、尊敬すらしてしまうバイタリティだな。

 サラサラの少し長めの髪。顔は見えないが、モテそうな雰囲気を纏っているササキさん。困っていないだろうか。

「中野さん、すみません。あいつがもう一人の担当なんですけど」
「あぁ、いいんですよ」

 あの盛り上がりを見せられては、何も言えない。池内さんは気を遣ったのか、ニコニコとよく喋った。どちらかというと、私ではなく百合に。恐らく苛立っていると思っているのだろう。だが、これは多分違う。腹が減っているのだ。彼女は昔から、空腹になると機嫌が悪くなる。チラリと視線をやれば、気不味そうに視線を泳がせた。

「僕らもいつか、中川さんたち御夫婦のような相手を見つけられたらいいんですけどね。なかなか難しいです」
「そうなんですかね……うちは何と言うか。まぁ大人だけの夫婦ですので」
「仕事相手の僕らにも、中川さんは普通に惚気けますからね。自然と話に出ちゃうなんて、幸せって証拠ですもんね」
「は? あ、すみません。ちょっと……意外というか。えぇと」
「何言ってんの。宏海なら想像つくじゃない。毎日妻に綺麗な弁当を作って送り出してくれるのよ? 愛されてる以外何だと言うの」

 何故か百合は得意げだ。そんな顔をされても、私愛されてるのよ、なんて思えない。

「へぇ。そうなんですか。中川さん、弁当を。凄いなぁ」
「私が料理下手なので、お恥ずかしい限りです」
「いやぁ、そんなの得意な人がやったらいいんですよ。まぁ私には残念ながら、相手もいないんですけどねぇ」

 池内がケラケラ笑った。営業の人って、こういう世間話が上手いのだろうか。私には出来そうもない。一人、むむむと顎を揉んだ。少し離れたところから、何やら楽しげな声が聞こえてくる。いつもよりも高い関根さんの声に、モゾモゾと不快な気持ちになった。
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