だって、そう決めたのは私
「やっぱり男の子だったな。僕らの時代ではないことは確かで……」

 場所は、ここ。今と変わりなく写っていた表札には、ちゃんと『中野』と書かれていた。きっと親戚の子か何かだ。そう思おうとしているが、納得しきれないものが、いつまでも心に引っ掛かっている。

「あれ、佐々木くん?」

 隣家の生け垣の前を抜けて、階段を上ったところで、佐々木くんと出くわした。打ち合わせの時間まで、まだあると思ったが。

「ごめん、今戻るところだけれど遅かった? それとも別件?」
「いえ。早く来過ぎちゃったので……ご飯食べようかな、とウロウロしてました。あ、中川さんってお昼食べました? もしまだなら、一緒にどうですか」
「お、いいね。じゃあ、お行儀悪いけど打ち合わせもしちゃおうか」

 いいですね、と佐々木くんはフニャリと笑った。
 彼とはまだ、二人きりで話したことがない。いつも池内くんが一緒にいる。だが今日は、急遽別件対応が必要になったと連絡が来た。初めて佐々木くんと二人の打ち合わせ。折角だから、色んなことを話してみようかな。

「この後は戻るの?」
「あ、いえ。十五時に木工作家さんのところで打ち合わせで。小田原に向かう予定ですね」
「そっか。小田原……二時間はかからないかな。でも移動で結構掛かるね。大変だ」
「そうですね。何度か伺ってますけど、まだこっちの地理感覚に慣れてなくて。乗り換えとかもたついちゃうんですよね。だから、ちょっと余裕を持って動かないといけなくて」
「僕も今じゃ、携帯がないと不安だよ」

 ですよね、と同意する佐々木くんは、東北の方から来たのだと言っていた。大学こそ都内だったらしいが、ちょっと離れると分からなくてと笑っていたな。距離感なんかが、上手く掴めないらしい。まだ可愛らしい面影のある若者だ。もはや、親戚のおじさんのように、頑張れと応援してあげたくなる。彼は、そんな子だった。
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