だって、そう決めたのは私
「僕も一緒に、海見ていいですか」
「え……あぁ、どうぞ」

 流石に断るべきだっただろうか。物取りだとかを、疑った方が良かっただろうか。そのくらい考えついたものの、何故かこの人は大丈夫だと思ってしまった。宏海のような声色だからか。彼は何も言わないまま、間を空けて、私の隣に腰掛ける。全く知らない若い男。不思議と、嫌ではなかった。

「日が、暮れましたね」
「あぁ……そうです、ね」

 ポツポツと言葉を紡ぐ。変にぎこちない会話。きっと彼は、何とかここから私を離そうとしている。海に一人、沈んでいかないように。「何か、ありましたか」とまた問う彼。私が死なないように、必死に食い止めてくれれいるようだった。

「何も……何もないんですよ」

 消え入るような声が、そう繋いだ。そして、また泣きそうになってハッとする。あぁそうだ。私には泣く権利などないんだ。あの子が寂しいと泣いたとしても、同じように私が泣くのは許されない。一年で一度だけだと決めて生きてきた。けれど寧ろ、私は今日こそ泣いてはいけなかった。それなのに。拳を強く握りしめた。
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