だって、そう決めたのは私
「……会いたくは、ないんですか」

 彼はそう言った。会いたくないわけがないじゃないか。我慢して、飲み込んで、何とか何とか生きてきた思いが、プチっと溢れ出る。

「会いたいですよ。そりゃ……会いたいです。大事な大事な、本当に大事な息子です。会えるのならば、今すぐに会って抱きしめたい」

 苛立ちだった。どこにもやり場のない怒りを、沸々と抱えているような、自分勝手な怒りだった。彼に対してではない。ただただ自分に向けての怒りだ。

「それなら、会いに行ったらいいじゃないですか」

何故だか、その知らない男の声に怒りが乗った気がした。

「そういうわけには、いかないんです。法律やら色々なことがあって、私は会うことが叶わない。こうして一人で祝うくらいしか出来ないんです。あの子の誕生日をこうして、あの子が好きだった海で」

 あの子は今日で二十五になる。小さかった手も大きくなっただろう。サラサラの髪は、何色かに染まったろうか。見ることも叶わない息子。モザイクがかかったような顔に、あの頃のような優しい口元が思い浮かぶ。顔は上げられず、また強く拳を握り込む。そして視線の片隅に、彼の拳が同じように握り締められているのが見えた。

「それで……いいんですか。彼だって、会いに来て欲しいって……思ってるかも知れないじゃないですか」
「いや、どうでしょうね……そうだと、いいですけれど。息子にはもう、新しい母親がいます。新しい家族があって、きっと……もう私のことなどすっかり忘れたでしょう」

 そうやって言葉にして発することで、気持ちが少しずつ冷静になった。あの子はもう、私のことなど忘れてしまった。胸は痛いが、そろそろ受け止めねばならないことかも知れない。小さく零した溜息は、波音にかき消された。
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