だって、そう決めたのは私
「そんな……そんなわけ、ないでしょう」

 大きな声だった。それまでとは違う、強い声。勢いよく立ち上がった彼を、私は驚いて見上げる。顔はよく見えないが、まだ固く握られている拳。気付けば辺りは暗くなっていた。

「……会いたかったよ」

 ヒュッと血の気が引くのが分かった。え、と微かな声が溢れる。力の上手く入らない足でフラフラと立ち上がり、私は彼の顔を見た。それは、二十五の男の顔。五つのあの子の面影と重なっていく。あの頃と変わらない右頬の薄い黒子の上を、綺麗な涙が伝っていた。

「会いたかったよ……ママ」

 久しぶりに、私を呼ぶ。眼の前にいるのは……

 現実が理解できないまま、私はそっと手を伸ばした。ペタペタと彼に触れる。カナタなの? そう、私はまた泣いた。
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