だって、そう決めたのは私
「それで……いいんですか。彼だって、会いに来て欲しいって……思ってるかも知れないじゃないですか」
「いや、どうでしょうね……そうだと、いいですけれど。息子にはもう、新しい母親がいます。新しい家族があって、きっと……もう私のことなどすっかり忘れたでしょう」

 その言葉に腹が立った。忘れるわけがない。ずっと、密かに追い続けていたのだ。そんなわけないでしょう、と立ち上がる。苛立ちで満たされていた。どうせ、俺を捨てたくせに。その気持ちがボロボロ溢れてくる。忘れたかったのは、そっちじゃないか。新しい夫を得て、産み落としただけの息子など忘れたかったのではないのか。

 いつの間にか俺の頬にも、涙が溢れた。

「……会いたかったよ」

 色んな感情がごちゃごちゃになって、結局言葉になったのはそれだけだった。ぶつけてやりたい思いや聞きたいことは沢山あった。それなのに、弱々しい声は、それしか言えない。涙を堪えるように、俺も強く唇を噛み締めた。

「会いたかったよ……ママ」

 久しぶりに呼んだ。この人を、ママ、と。幼かったあの時のように。自然と溢れた涙。ヨロヨロと立ち上がったその人の手が、俺の頬に触れる。カナタなの? と確認する顔は、忘れもしない母の顔だった。この年で恥ずかしいが、ママ、と何度も呼んでは泣いた。彼女もまた何度も何度も俺の名を呼ぶ。そしてその人は、子どものように泣いていた。
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