だって、そう決めたのは私
「じゃあ、何から話そうか」
急く必要などないのだろうが、またカナタが会ってくれるとは限らない。今はこう言ってくれるけれど、一人で冷静になったら、考えが変わるかも知れない。私はそれに異論など唱えられないし、受け入れるしかない。
「あ、うぅん……えぇと。そういう話は今じゃなくていいよ。その……少しずつ聞ければ。一度に聞いて、耐えられるか分からないし」
唇を尖らせて、カナタがそう言う。その方が次の約束できるから、と消えそうな呟きが聞こえる。嬉しくて、見開いた目からは簡単に涙が溢れる。この子がまだ会いたいと思ってくれている。すっかり忘れてしまった幸福感を得たような気がした。
「あぁ、また泣いて。もう」
「仕方ないじゃない。今日は許してよ」
「あぁ……そうだね。今日だけは」
二人で海を見た。幼い頃、ここの海辺が好きだったカナタ。確か二度くらいしか来ていないが、彼は『あそこに行きたい』と何度もねだった。秋田との境の山間部に住み、海がそこまで身近ではなかった生活。私の実家へ帰省した時、足を伸ばして来た場所だった。カナタは泳ぐでもなく、飽きもせずに海を眺めた。時々足元で見つけた海洋生物を絵に描いたりして、余暇を過ごしたのだ。彼にとっては、日常とは違う特別な時間だったに違いない。
「じゃあ……帰ろうか。カナタはどこに住んでるの? ママ、戸越なんだけど」
「あぁ同じようなものかな。去年ようやく引っ越して、上野毛に住んでる」
「そうなの? 結構近くにいたんだね……そうか」
「本当はまだ節約したかったし、引っ越す予定はなかったんだけどね。仕事が、段々と忙しくなっちゃって。ちょっとでも会社に近いところに」
「……節約?」
彼からは、一番縁遠い言葉だと思った。
元夫は、地元では有名な企業の息子。ただ私は、それを知らなかったけれど。一人暮らしの普通の男と出会い、恋をし、子供が出来た。私には身寄りがないと言っていたし、両親もそんな元夫を可愛がった。全てを知ったのは、離婚の話が出てからだ。
話を聞けば、結婚前に子供が出来たと一度話をしに帰ったという。だが、義両親はそれを許さなかった。自分たちが選んだ相手と結婚するように、と言ったとか。当時は実家を捨て、私との慎ましい生活を選んだ。あの男は、それを美談のように語り呆れたが、私はそれを聞いて、怒り狂ったのは言うまでもない。新しい命がもう宿っているのに、何言ってやんだ。私が義実家とは相容れないなと理解した瞬間でもある。結局あの男は、カナタを連れ実家に戻った。そうして《《すぐに》》、再婚したのである。
そんな裕福なはずの家庭で育ったカナタが、金銭面で苦労していたなんて想像出来なかった。何があったのか。
急く必要などないのだろうが、またカナタが会ってくれるとは限らない。今はこう言ってくれるけれど、一人で冷静になったら、考えが変わるかも知れない。私はそれに異論など唱えられないし、受け入れるしかない。
「あ、うぅん……えぇと。そういう話は今じゃなくていいよ。その……少しずつ聞ければ。一度に聞いて、耐えられるか分からないし」
唇を尖らせて、カナタがそう言う。その方が次の約束できるから、と消えそうな呟きが聞こえる。嬉しくて、見開いた目からは簡単に涙が溢れる。この子がまだ会いたいと思ってくれている。すっかり忘れてしまった幸福感を得たような気がした。
「あぁ、また泣いて。もう」
「仕方ないじゃない。今日は許してよ」
「あぁ……そうだね。今日だけは」
二人で海を見た。幼い頃、ここの海辺が好きだったカナタ。確か二度くらいしか来ていないが、彼は『あそこに行きたい』と何度もねだった。秋田との境の山間部に住み、海がそこまで身近ではなかった生活。私の実家へ帰省した時、足を伸ばして来た場所だった。カナタは泳ぐでもなく、飽きもせずに海を眺めた。時々足元で見つけた海洋生物を絵に描いたりして、余暇を過ごしたのだ。彼にとっては、日常とは違う特別な時間だったに違いない。
「じゃあ……帰ろうか。カナタはどこに住んでるの? ママ、戸越なんだけど」
「あぁ同じようなものかな。去年ようやく引っ越して、上野毛に住んでる」
「そうなの? 結構近くにいたんだね……そうか」
「本当はまだ節約したかったし、引っ越す予定はなかったんだけどね。仕事が、段々と忙しくなっちゃって。ちょっとでも会社に近いところに」
「……節約?」
彼からは、一番縁遠い言葉だと思った。
元夫は、地元では有名な企業の息子。ただ私は、それを知らなかったけれど。一人暮らしの普通の男と出会い、恋をし、子供が出来た。私には身寄りがないと言っていたし、両親もそんな元夫を可愛がった。全てを知ったのは、離婚の話が出てからだ。
話を聞けば、結婚前に子供が出来たと一度話をしに帰ったという。だが、義両親はそれを許さなかった。自分たちが選んだ相手と結婚するように、と言ったとか。当時は実家を捨て、私との慎ましい生活を選んだ。あの男は、それを美談のように語り呆れたが、私はそれを聞いて、怒り狂ったのは言うまでもない。新しい命がもう宿っているのに、何言ってやんだ。私が義実家とは相容れないなと理解した瞬間でもある。結局あの男は、カナタを連れ実家に戻った。そうして《《すぐに》》、再婚したのである。
そんな裕福なはずの家庭で育ったカナタが、金銭面で苦労していたなんて想像出来なかった。何があったのか。