だって、そう決めたのは私
「え? カメオカ?」
「うん。これはもう、本当に偶然なんだけど。俺の担当してる作家さんが、中川さんで……流石に分かるよね?」
「ん……宏海?」
「そう。そうなんだよ。驚くよね」
「うん、ちょっと付いていけてないかも。あれ……ということは、うちの会社にも来てる?」
「そう。行ってるの。ママに会ったらどんな顔するだろうって、ずっと思ってた。でも、なかなかタイミングが合わなくて」
「そっかぁ……若い女の子に囲まれてたのは、カナタだったのかぁ。何だろう、複雑な気分」
そう? と微笑んだ息子は、もうすっかり大人の顔をしていた。恋だってしただろう。彼女だっていただろう。過去に寂しさはあるが、触れられると思ってもみなかった今、満たされるものもあった。
「俺、ママのこと探してたんだ。聞きたいこと、沢山あったから。だから、カメオカに入ったのは偶然じゃなくてね。ママ、小林さんって覚えてる?」
「牧場の?」
「そう。あそこを出る前に小林牧場へ行ってさ。色々聞いたんだよ。母さんの居場所を知らないかって。そうしたら、同じこと言うのねって笑われた。心配してくれたんでしょ? 震災の時」
「あぁ……うん。あの人に何度も連絡したけどね。出てもらえなくて。小林さんにお願いしたの。あの場所の被害は分かってたけど、確認をしないと不安で」
「そうしたら、電話番号しか分からないけれどって教えてくれたんだ。でもずっと掛けられなくて……。急に知らない番号から掛かってきて、ママ? って呼び掛けられたら怖いじゃん。普通。呼び出すことも考えたんだけど……怖くて出来なかった」
カナタが、寂しげに眉を落とした。怖かった。つまりは、母が自分のことを忘れていたら、ということだろう。そんなことは有り得ないが、彼にしてみたらそういう不安が起こるのは必然だ。自分だけが辛いわけではないと思ってはいたけれど、それを目の当たりにすると胸を抉るものがあった。
「あと、おばちゃんが一つ思い出してくれて。ママが社食でここのヨーグルトをよく食べてるって言ってたって。そんなに多くないからって、取引してる会社教えてくれたの。それを片っ端から調べてさ。そうしたら、何かの記事にママの名前を見つけたんだ。同じ会社に入ることも考えたけど、もし望まれてなかったら最悪じゃん。だから……せめても関われる会社にって」
何年も練ったんだから営業のプレゼンは完璧だったはずだよ、とカナタが笑った。幼かったあの頃のように。
「うん。これはもう、本当に偶然なんだけど。俺の担当してる作家さんが、中川さんで……流石に分かるよね?」
「ん……宏海?」
「そう。そうなんだよ。驚くよね」
「うん、ちょっと付いていけてないかも。あれ……ということは、うちの会社にも来てる?」
「そう。行ってるの。ママに会ったらどんな顔するだろうって、ずっと思ってた。でも、なかなかタイミングが合わなくて」
「そっかぁ……若い女の子に囲まれてたのは、カナタだったのかぁ。何だろう、複雑な気分」
そう? と微笑んだ息子は、もうすっかり大人の顔をしていた。恋だってしただろう。彼女だっていただろう。過去に寂しさはあるが、触れられると思ってもみなかった今、満たされるものもあった。
「俺、ママのこと探してたんだ。聞きたいこと、沢山あったから。だから、カメオカに入ったのは偶然じゃなくてね。ママ、小林さんって覚えてる?」
「牧場の?」
「そう。あそこを出る前に小林牧場へ行ってさ。色々聞いたんだよ。母さんの居場所を知らないかって。そうしたら、同じこと言うのねって笑われた。心配してくれたんでしょ? 震災の時」
「あぁ……うん。あの人に何度も連絡したけどね。出てもらえなくて。小林さんにお願いしたの。あの場所の被害は分かってたけど、確認をしないと不安で」
「そうしたら、電話番号しか分からないけれどって教えてくれたんだ。でもずっと掛けられなくて……。急に知らない番号から掛かってきて、ママ? って呼び掛けられたら怖いじゃん。普通。呼び出すことも考えたんだけど……怖くて出来なかった」
カナタが、寂しげに眉を落とした。怖かった。つまりは、母が自分のことを忘れていたら、ということだろう。そんなことは有り得ないが、彼にしてみたらそういう不安が起こるのは必然だ。自分だけが辛いわけではないと思ってはいたけれど、それを目の当たりにすると胸を抉るものがあった。
「あと、おばちゃんが一つ思い出してくれて。ママが社食でここのヨーグルトをよく食べてるって言ってたって。そんなに多くないからって、取引してる会社教えてくれたの。それを片っ端から調べてさ。そうしたら、何かの記事にママの名前を見つけたんだ。同じ会社に入ることも考えたけど、もし望まれてなかったら最悪じゃん。だから……せめても関われる会社にって」
何年も練ったんだから営業のプレゼンは完璧だったはずだよ、とカナタが笑った。幼かったあの頃のように。