だって、そう決めたのは私
「あのね。最近、カナちゃんの機嫌がいいんだよ。ずっと。ルンルンしてて」
「カナコが?」
「そう。帰って来て、手を洗いに行くだけなのに、携帯持って行くんだよ? それってさ……やっぱりって思うじゃん」

 体勢も変えず、カップの取っ手をなぞりながら言う僕に、呆れているのだろうか。まぁくんは黙っている。何だかそれが気に食わなくて、ムスッと顔を上げると、それだけ? と彼は言った。本当に呆れた顔をして。

「それだけって言えば、それだけだけど……」
「普通にカナコに聞けばいいじゃん。最近機嫌いいねぇ。何かあったのって」
「それで、好きな人できたとか切り出されたらどうするんだよ」
「そん時はそん時だろうけど。仮にそうだったとしても、カナコはそういう話は簡単には言わねぇぞ。アイツはちゃんと相手を見て、考えてから物を言うタイプだ。そういう大切なことは、絶対に」

 数年一緒に住んでいる僕よりも、自信のある言い方をしたのが気に入らない。カナちゃんならそうだと思うけれど、どうしてもそう思いきれなかった。僕は今、友情以上の感情を持っている。それが友人として彼女を見る目を、濁らせるのだろうか。

「宏海。カナコはそこまで無責任な奴じゃねぇぞ? 自分でその生活に誘っておいで、簡単に止めますなんて言わねぇ。そう思うだろ?」
「それはそうだけど」

 歯切れは悪かった。だって、カナちゃんには前科がある。勢いだけで、僕をこの生活に誘った前科が。

「宏海は、カナコのこと信じてねぇの」
「そんなわけ、ないよ」
「本当に?」

 畳み掛けるように、まぁくんが言った。分かってるけど、そんなに簡単じゃないんだ。信じてる、信じてないだけではない。そういう話は誤魔化さず、きちんと話をしてくれる。カナちゃんはそういう人だ。それは僕だって信じてる。でも、問うてしまったら戻れない。かと言って、決定的な言葉を言われるのを待つのも辛い。僕は今、そのどっちつかずのところにいる。
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