だって、そう決めたのは私
「急にどうしたの」
「いや、今日ね。手を洗う時に外してさ。僕は自分のアトリエだからそこにおいて置けるけど、カナちゃんはどうしてるんだろうなって思ったの」
「そうねぇ。各自管理が基本で、みんなあまり付けて来ないかな。病院は預かっている子もいるからね。もし何か間違いがあったらいけないし」
「あぁなるほど。そういう制限もあるんだ」
「そうなのよ。だからといって、傷つけたらいけないから、身に付けてるわけにもいかないしね」
「ふぅん。言われてみれば、そうかぁ。自分が飼っている動物を連れて行ったら、そういうので傷付かないかなとか心配になるか。確かになぁ」

 宏海は、納得したのだろう。何度かウンウン頷いて、ご飯を口に放った。
 何となくそれを見つめた。宏海もそうだが、普通の会社勤めの人からしても、あまり気付かないことなんだな。私はそれが普通だったから、特に違和感を覚えたこともなかった。ただ、自分がそれを体験しているのはここ数年のこと。指輪を付ける生活は、これが初めてだから。今になっても、どうにも戸惑うことはある。このネックレスに通しているのだって、最善なのかはまだ分かっていない。

「あまり聞かない話で、目新しかった?」
「あ、うん。そうだね。姉とかも普通に指輪やアクセサリーを付けて仕事に行ってたし。職場で外す時間があるって想像してなかったなぁって」
「それはそうよねぇ。でも、意外とそういう制限ってあるのかも。介護の人とか、保育士とか。ほら、そういう人もダメそうじゃない?」
「あぁ確かに。そうなると付けていかないんだろうけど……こういう結婚指輪(・・・・)みたいなのは、どうしてるんだろうなぁ」

 新しい商品のリサーチだろうか。珍しく宏海が、私の話で何かを想像している。出来るだけ答えたつもりだけれど、これが彼の役に立ったのかは、よく分からない。ポケットの中で携帯が震える。あぁ、きっとカナタだ。今日はどんなことがあったのだろう。最近の楽しみだ。小学校から帰ってきた子のように、『今日の出来事』を教えてくれるカナタ。きっとそうしたかった時期に出来なかったことを、少しずつ辿っているのだろうと思っている。

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