だって、そう決めたのは私
「どうした?」
「あ、いえいえ。すみません。あ……と、そうだ。池内から頼まれたものです」

 鞄から出したA4の紙。彫金師のリストだ。今のところコラボの予定もなかった思ったが、彼の方から依頼があって渡して欲しいとのことだった。何か新しい作品を作ろうとしているのだろうか。

「わぁ、ありがとう。助かる。あ、ねぇ。佐々木くんは、お会いしたことがある人いる? 優しく教えてくれる人いないかな」
「教えて、ですか」
「そう。僕がね、ちょっと教えてもらいたくて。隠すような話でもないから言うけれどね。妻にその……指輪をプレゼントしたいなって思ってて」
「奥さんに指輪を……誕生日とかですか」

 確か母さんの誕生日は冬だ。クリスマスよりも、正月よりも後。セーターを着ていた記憶があるから、冬なのには違いがない。まだ暑いし、半年くらいはあるだろう。今から始めれば、少しは様になるものが出来るだろうか。

「あぁ……いや。ちゃんとプロポーズをしようと思ってるんだ」
「え?」
「ん? 高級ブランドみたいなのが普通なんだろうけれど、幼馴染がね、言うんだ。自分で作ったらどうだ。その方が僕らしいって」
「プロポーズ、ですか」
「あ、おかしい? もう結婚してるのにとか思うよねぇ」
「いえ、違うんです。そんな大切な話……私にもしてくれると思わなくて」
「何で? 相談してるんだもの。ちゃんと話すよ。池内くんが来たら、どのみち話すつもりだったし」

 ケロッとした顔で、中川さんは言った。これが彼らしさだな、と思う。包み隠さずに、こういう話をする。あぁ俺にはきっと出来ないな。多分、母さんも苦手だ。

 そんなことより、この話は俺が聞いても大丈夫か。今の今まで担当者として話を聞いたが、プロポーズなどと言われると、息子としての感情がニョキニョキと顔を出してきた。母さんの気持ちを知った今、俺は中川さんを全力で応援したい。

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