だって、そう決めたのは私
「こうやってプラプラするのも、いいものだねぇ」
「ね。最近は洋服だって、ネットでピッピッピってしちゃうもんなぁ」
「分かる。もうこの年になると、着るものも大体固定されてきちゃうしね。でもなんかさぁ」
「んー」
「こうしてると恋人みたいだね」
「ん」
「ん?」

 あまりに驚いて、足を止めた。どうしたの、と宏海がこちらを覗き込んだが、上手く言葉が出てこなかった。彼は、いつもと同じだ。だからきっと、何言ってんの、と笑い返すのが正解なのに。心がドキリとしてしまった。そしてそれはきっと、疾うに忘れた言葉を、急に思い出させられたからだ。

「何言ってんの。そもそも、私たちは夫婦(・・)でしょ」

 何とかそう戯けた。宏海にはバレないうちに、心に生じた僅かな揺れを誤魔化したい。何がキュンだ。そんな女の感情などいらない。宏海に対してある感情は、慈愛。慈愛だ。彼には幸せでいて欲しい。笑っていて欲しい。だけれど、それ以上の感情を抱えるつもりはない。
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