だって、そう決めたのは私
「あ、こら。マロンちゃん。だめよ」
 
 急に聞こえた声に驚き、顔を上げた。慌てたご婦人と目が合うと同時、足元にフッフと湿った呼吸を感じる。私を見上げるキラキラした瞳。きっと、この子がマロンちゃんなのだろう。クリーム色のポメラニアンだ。

「すみません」
「いえいえ。大丈夫ですよ。撫でても平気ですか」
「えぇ、すみませんねぇ」

 申し訳無さそうにこちらを見る婦人。母と同じくらいの年だろうか。彼女と向き合った時には、瞬時に仕事の仮面を被り、腰を屈めマロンちゃんに手を伸ばす。動物と向き合ってしまえば、不思議とすぐに心は軽くなる。ふさふさの尻尾を嬉しそうに揺らすマロンちゃん。ふふふ、可愛い。そう自然と呟いていた。あぁ大丈夫。この子は愛されている。肉球が火傷しないように、可愛らしい靴を履いて。きちんとブラッシングもされている。職業病だな、とは思えど、やはり動物が大切にされていることに安堵していた。

「可愛いお靴ですね」
「ふふふ、そうでしょう。ありがとう。最近はこういうのもあるのね。娘が買ってくれたんだけれど」
「それは、それは。いい娘さんですね」

 自分で言っておきながら、舌打ちしそうになった。勝手な話だ。さっきの母の愚痴を思い出してしまう。私は、きっといい娘ではない。マロンちゃんが寄越すクリクリと大きな愛らしい瞳に、何とか笑みを保った。
< 30 / 116 >

この作品をシェア

pagetop