だって、そう決めたのは私
「あ、だからスケッチしてたの?」
「そう。お花とか、景色とか。いいなと思ったら絵に描いておくの。何か作る時のインスピレーションに繋がるかもしれないしね」
「へぇぇ」

 本当に分からない世界だな。写真じゃだめなのかな。いや、そういうのは勘というか、その人に合った向き不向きがあるのだろう。勝手に思って、勝手に納得する。

「カナちゃんは、今日はお休み?」
「あ、そう。病院のお休みが二連休なんだけど、そのタイミングで一般企業でもお仕事しててね。たまたまそれが休みで。あ、そんな立派なものじゃないよ。不定期で仕事に行くくらいの、バイトみたいなもんなんだけど」
「へぇぇ」
「宏海、田所(たどころ)百合(ゆり)って覚えてる? 私と仲が良かった」
「うんうん。少し派手な子だったよね」
「そうそう。その百合の会社でね、ペットフードのアドバイザーをしてるんだ」

 この仕事に声を掛けてくれたのが百合だった。大学に入って疎遠になっていたが、病院に営業に来た彼女と再会し、この仕事を始めることになったのだ。

 百合は、タケナカ農場という国産野菜を扱う会社で、営業部長をしている。あの百合が部長、と腹を抱えそうにはなったが、年齢を考えたら変なことでもないなと思い直したのは内緒だ。中規模のアットホームな会社で、国内の農家と直接契約し販売するのが主事業である。彼女は立ち上げ時からの古株で、だいぶ貫禄のある社員だ。再会した時は、規格外の野菜を使ってペットフードを作る事業を立ち上げたばかりだった。動物病院を回って、サンプルを配り、あれこれ意見を聞いたりしていたらしい。それで偶然に再会したわけだが、彼女にとっては有り難い旧友だったらしく、その場で懇願されたわけである。一緒にいた暁子はケラケラ笑って、いいじゃんいいじゃん、と言うだけ。私も、特に断る理由もなかった。それから十年近く。アドバイザーという肩書を今も有り難く頂戴している。
< 36 / 75 >

この作品をシェア

pagetop