だって、そう決めたのは私
「卵焼き。カナちゃん好きだよね」
「うぅん、そうかなぁ」
「だと思ってたけど。焼いてる時に来ればいつも見てるし、お弁当の感想言うのって卵ばかりじゃない?」

 え、と箸が止まった。確かに宏海が卵を焼き始めると、ついじっと見てしまう。上手く巻くもんだな。こっそり思っていたけれど、あぁバレていたのか。急に恥ずかしくなった。鼻歌を歌いながら簡単に卵を焼いてしまう宏海。私が何度やっても上手くいかなかった卵焼きが、あっという間に出来上がる。それが、本当に不思議だっただけなんだ。

「カナちゃんは、どっちが好き? 甘いのと、だしが効いてるのと」
「うぅん、どっちかと言えば甘めのかな。でも選ぶの難しいよ。他の料理とのバランスもあるだろうし」
「うんうん。バランスって大事でしょう? ってことは、今朝僕が卵焼きを甘くしたのは、正解だったんじゃない?」
「そうだねぇ。流石宏海だなぁって思ったもん。私なんて、一辺倒の味しか……」

 言いかけて、続く言葉に詰まった。思い出してはいけない。けれど、忘れてもいけない。固く目を瞑り、失敗した卵焼きの記憶を必死に薄める。それは、一生自戒し続けなければならないこと。固まってしまった私に、どうした、と問う宏海の声が優しい。温かな感覚を覚えだが、ぎこちなくも笑うことが出来なかった。

 思い出すまいとすればするほど、記憶が呼び戻される。二十年も前の小さなキッチン。もう、二度と作ることのない卵焼きを。

 
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