だって、そう決めたのは私

第11話 唇を噛んだ

「夕べのカナちゃん、おかしかったなぁ……どうしたんだろ」

 アトリエの作業机に座って、僕――中川宏海は首を傾げる。卵焼きのことを話した時、カナちゃんが顔を顰めたのが分かった。声を掛けたけれど、何も返って来ない。僕はただ、黙り込んだ彼女を見守ることしか出来なかった。卵焼きのことは何も分からないが、あんな顔をされると全てに不安になる。もしかして、カナちゃんもこの生活を後悔しているのではないか――

「中川さん、こんにちはー」

 古ぼけたインターホンの音が鳴り、聞こえてくる声にハッとする。慌てて玄関の扉を開ければ、ムキムキの池内が今日も満面な笑みを浮かべて立っていた。

「いらっしゃい。暑かったでしょう。入って」

 そう誘えば、彼の後ろから、ひょこっと線の細い佐々木(ささき)も顔を出した。彼はまだ二十代半ばくらいの、若い男の子。雑な池内をさり気なくフォローするような、冷静で気配りが出来る子だと僕は思っている。
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