だって、そう決めたのは私

第3話 無意識

「ごちそうさまでした」

 二人にしては少し大きいテーブルに着いて、向かい合って食事を摂る。それが私と彼の生活のルールだ。私たちの間に愛はない。セックスだとか、そういうことも当然ない。ただの同居人であり、表向きは事実婚の相手である。

 宏海は、料理が得意だ。小鉢や小皿に少しずつ、沢山の料理をここに並べたがる。量はあまり必要ないけれど、美味しいものはたくさんあると嬉しいでしょう? それが彼の持論なのだけれど。確かにそうかもしれないけど、面倒じゃない? 料理が全く出来ない私。そう何度言いかけたことか分からない。

「カナちゃん。明日お休みだよね。まだ飲む?」

 洗い物をしながら、飲む飲む、と食い気味に返事をする。だって今日は飲まなきゃやってられない。本当は友人を呼び出して、酒に付き合ってもらいたかったくらいだ。でも時間が遅くなってしまったから、食事をキャンセルするのは憚られた。宏海が毎日楽しそうに調理しているのを知っているから。鼻歌を歌いながら、小皿にナッツを入れている宏海。なんだろうなぁ。ただそれだけなのに、私がするよりもずっと美味しそうに見えるのだから、不思議だ。

「なぁに?」
「ううん。何でもないよ」
「そう? あ、ねぇ。ワインでいい? ロゼ買ったの」
「いいねぇ」

 私の反応を見て、宏海はまた上機嫌だ。鼻歌を新しくして、リビングの方に運び始める。洗い物が終わる頃には、そこに座ってもうグラスを持つだけだろう。口にはしないが、私はこの時間が好きだったりする。初老を通り過ぎた中老二人の、いつの間にか出来た習慣。静かにゆったり酒を飲みながら、他愛もない話をして、同じ時間を共有する。ただそれだけの温かな時。宏海は、どう思っているのだろう。

 私たちは、偽りの夫婦(・・・・・)。互いに互いを利用している。宏海には想う人がいるが、それが報われることはない。そして私は、まぁ言わずもがな。離婚を経験して、男なんて人生から排除してしまった。幸せを夢見ることもなければ、そうなる権利もないと思っている。利害が一致し始まった生活。少し大きな家に一緒に住み始めて、早三年。結構仲良く暮らせていると思う。気分的には、シェアハウスみたいなものだ。ただ事実婚と称してはいるので、()としての付き合いも最低限するし、彼もまた然りである。
< 6 / 116 >

この作品をシェア

pagetop