だって、そう決めたのは私
「あ、そうそう。まぁくん、おじちゃんにはコーヒー以外の許可は貰ったみたいだよ。だから正式に継ぐ感じで流れていくみたい」

 匡は今、料亭を辞め、間借りで時々カレー屋をやっている。自分の店を持とうと思っていなかった彼が、五十になって一念発起。一人でやるのだから手広くは出来ない。そう言いながら何品も考えて、カレーに絞ったのは一昨年だったか。それからも何度もレシピを練り直して、それはそれは大変だった。彼はこだわりが強いから、あれが僅かに多い、とか言い始めるのだ。私には何の名前なのかさっぱり分からないような、スパイスの名前らしいカタカナ語を宏海と投げ合って作る。それを繰り返した。どうせ、私の意見は何の役にも立たなかっただろう。美味しい、とか。辛すぎない? とか。そんなことしか言ってなかったもんなぁ。

 そんなことをしていた頃だ。匡の両親が店を畳むと言い出したは。兄二人は会社員だし、継ぐことはないだろうから、と。匡が料理人だし継げば良いのでは、というのが周りの反応ではあったのだが、そう簡単にはいかなかったのである。

「お、良かったじゃん」
「うん。でもおばちゃん、まだ渋ってたみたいだけど」
「だろうね。男三兄弟。末っ子が可愛いのよ。失敗させたくないというか。露頭に迷わせたくないというか。それと、おばちゃんは匡は女運がないと思ってるのよね。変な女に騙されるとか。それもあって、匡が独り立ちするのを危惧してるって言うか。全てにおいて心配が大きいんじゃないかな」
「変な女ねぇ」

 匡の母が「匡は女運がない」と言うのは、百合のことがあったからだ。両親も公認であったし、いずれ結婚するんだろうとでも思っていたのだろう。百合が別の男と結婚したことを耳にしたおばちゃんは、かなり落胆したという。それから匡は、仕事が忙しかったのもあり、暫く彼女をつくらなかった。結果として、匡が結婚しなかったのか、出来なかったのかは知らないけれど。おばちゃんが点と点を結んでしまうには、十分な時間になってしまった。それが、匡は女運が悪い、である。

 でも、私は思うのだけれど。おばちゃんはそうやって笑い話にすることで、匡だけが悪いわけじゃないと思いたいんじゃないか。匡に欠陥があって、結婚ができないわけじゃない。百合だけが悪いわけじゃないことだって、分かっていると思う。それもこれも、母親の小さな意地なのだ。

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