だって、そう決めたのは私
「モカちゃん、どう?」
「少しずつ食べるようにはなってくれました」
「良かったねぇ。お薬も嫌がらないだろうから、気にし過ぎないことね」
「はい。ありがとうございます。それで、トリーツの件なんですけど……お、お時間大丈夫ですか」
「はいはい。大丈夫よ」

 勢いよく頭を下げる渉。何やら深刻そうである。カメオカとの交渉は悪くないと百合が言っていたし、それ以外の大きな厄介事があるとも聞こえてこない。何があったのかは知らぬが、渉の顔が強張っているのが気にかかった。

「この新しいトリーツは、どういう感じで販売するイメージですか」
「これはねぇ、症状別がいいかなと思ってるの。えぇと……こんな感じの分類で検討してるけれど、どうかしら」

 新しいトリーツは、病気やアレルギーを持っている子に向けて開発している。書類を差し出し、彼はフムフム言いながらそれを見た。だが、やはり違和感を覚える。何だろうな。心ここに在らず、というような様である。何があった? と小声で問えば、渉はハッとするもモゴモゴと言い淀んだ。何か、はあるようだ。

「症状別に売った方が、飼い主さんも気が楽だと思うの。おやつはあげたいけれど、身体のことが気になる。当然、長生きして欲しいしね。モカちゃんのことを思うと、そうじゃない?」

 そう話しながら、手元の付箋に『場所変える?』と書き留めた。渉がこんな顔をしているのは珍しいから、流石に心配になったのだ。余計なお世話だろうか。そう思ったが、呼吸を整えるように間を空けた渉は頷く。そして、私をカフェスペースへ誘った。眼前の書類を手に取り、彼の後に続く。狭い研究開発室では、小声で話しても皆に聞こえてしまうだろう。何を話したいのかは知らぬが、あの様子では延々と言い出せない可能性すらある。それでは、昼休憩が減ってしまうし、互いに不毛な時間でしかない。空いている席に座り向き合うと、渉は早々に大きな溜息を吐いた。
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