だって、そう決めたのは私
「お気遣いいただいで、すみません。ありがとうございます。あの、実は……カナコさんに相談があるんです」
「ほぉ。なんだろう。仕事、ではなさそうだね」
「はい、あの……その」

 相談したいと言うくせに、モジモジするな。このくらいで苛立ちはしないが、その様子に心配になった。四十にもなるというのに、こんな様子で大丈夫だろうか。彼とは仕事で直接はあまり関わらないが、百合を交えていることが話すことが多いから、他の人よりも親近感はある。それに病院に通ってくれる飼い主さんでもあるのだから、プライベートも多少は知っていると言ってもいいか。あぁでも、彼が結婚しているとかそういう話は聞いたことがないな。そんなことが話題に上がることもないし、深く問うのも失礼だ。指輪は特にしていない。まぁ、そもそもしない夫婦もあろう。でも勝手に、彼はいいパパしていそうだなと思った。

「あの俺……あ、いや私……」
「どっちでもいいよ、別に」
「あ、はい。えっと、その……」

 またモジモジと下を向いてしまった。急かしても良くなかろうと視線を外すと、彼の後輩数名がチラチラとこちらを見ている。彼らもソワソワしていているように見えるのは、一体何だ。


「大丈夫? 後にしようか?」
「いや、ちょっ……ちょっと待ってください。えぇと」

 渉はペンを取り、さっき私が書いた付箋にカリカリと書き込み始めた。彼の頭をぼぉっと眺める。結構白髪があったんだなぁ。十年前の私はどうだったっけ。そうやって意識をよそに向けていた時、スッと書類が差し出される。目をやったのは、私の書いた文字の下に彼が書き込んだ付箋。それを見て数秒、時が止まった気がした。
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