だって、そう決めたのは私
「それは大丈夫です。俺、実は演劇部だったんですよ。なので、多分やれます」
「えぇ、意外」
「そうです? でも運動してるようにも見えないでしょう」
「あぁ……それは確かに」
「ちょっと、否定してくださいよ」
「おお、ごめん。ごめん」

 料理に手を伸ばし、ホクホクと食べ始めた渉。私もようやくホッとして、フゥと息を吐いた。

 力になれるか分からないが、頼ってくれたことは正直嬉しかった。彼は人間的にはいい人だから、暁子が毛嫌いすることはない。嫌な飼い主だったならば、その日のうちに、私に愚痴が飛んで来るもの。成功を期待している訳じゃない。ただ一先ずは、飲み友達くらいになれるといいなと思っている。

「じゃあ、あまり先延ばしにしても良くないからさ。週末、暁子を誘ってみようかな。焼き鳥食べたいとかって」
「はい。お願いできますか」
「うん。とりあえず、早めに誘ってみるよ。夫がその日いないから、飲みに行こうよとかって」
「すみません。旦那さんは大丈夫ですか」
「うん。問題ないよ。早めにご飯はいらないよって言っておけばいいし」
「そうなんだぁ。素敵な旦那さんですね」
「あぁ……うん。そうだね。ありがとう」

 急にそう言われて動揺した私と違って、渉の表情は明るかった。さっきよりもずっと、先が見えたのだろう。小さなことを期待して、ウキウキし出している渉。それを見ていると、恋って凄く良いものなんだなぁって思う。相手のちょっとしたことで浮き沈みしたり、その思いを成就させるためにあれこれ考えたり。実らなければ意味がないなんて言う人もあるかもしれないが、こんなにも心が豊かに動く。それが恋というものの醍醐味だと思うのだ。

 ならば、私がここ数日悩んでいることはどうだろう。それに近いのだろうか。
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