オディールが死んだ日に

仕方なしに俺は結を一晩だけ泊めることを承諾した。


「いいか?一晩だぞ?」と言い置くと


「さっき言わなかった?一緒に暮らすって。だってあのおばあちゃんのおうちも相続税だけで莫大な金額なんだよ。女子高生のあたしが払えるわけないし、それともあたしに体を売れって言う薄情者?」結は素早く口答え。相続税の話はやたらとリアルだがそんなもの今の時代ネットでどんな知識でも拾える。どこまで本当のことなのか。


「ああ、売ってこい。お前ならさぞ高値で売れるだろうな」と嫌味を言ってやると、結はスマホを取り出した。何て恐ろしい武器なんだ。催涙スプレーもスタンガンにも勝る。


「わ、分かったから!今の言葉は撤回する。近いうちお前の学校へ行って、先公に話を聞いてやるから、そこから新しいアパートなりマンションなり用意してやる」


「要らない。あたしはおじさんと一緒に暮らすの」


これは……気に入られたのか、そうじゃないのか。他に何か企んでるのか。


一緒に暮らす、なんてとんでもない。一晩だけ泊めてやるつもりだが、明日はどんな手を使っても必ず追い出してやる。


俺は使っていないゲストルームを結に与えた。普段はもっぱら俺の秘書、原が泊まり込みの仕事の際に利用しているが、シーツだって変えてあるし部屋も清潔に保っている。家政婦の吉崎さんがこまめに掃除をしてくれてるからだ。


「広いお部屋。あたしの部屋の二倍はある」結はやはりボストンバッグを両手で抱えながらきょろきょろと辺りを見渡している。そのボストンバッグによっぽど何か大切なものが入っているように思えたが。こうしてみると本当に何の害もない無垢で純真な美少女に違いないのだが。だが、油断はするな匠美。この女は天使のような顔をして中身は悪魔だからな。


「風呂と洗面台、トイレは一階の廊下の奥にあるから自由に使ってくれ」泊めることにはなったが、一刻も早くこの女と離れたい俺はやや早口に説明して、結もそれ以上は何かを聞いてこず大人しく部屋の中央に置かれたベッドに腰掛けている。


ゲストルームの外に鍵があるのなら施錠したい気だ。俺は憎々し気にその閉められた扉を睨み、寝室に向かった。


疲れた……やってらんねぇ。


俺以外誰もいない寝室で思わず独り言が漏れる。


そう、完全なる独り言だ。もう聞いてくれる翆もいない。


翆―――どうしてお前は俺を置いて逝っちまったんだ。


今日は色々あった。さすがに疲れたから俺は普段シャワーだけで済ませるが今日はバスタブに湯を張り、ゆっくりと時間をかけて風呂に浸かった。出るときは流石にのぼせて、バスルームから出てもすぐにバスローブを羽織る気も起きず、腰に大判のバスタオルを巻き付けているときだった。


ガチャっと音がして、それが嫌な音に聞こえたのは、普段なら翆が入ってきたのだと理解できるが、その翆はいない。今家にいるのは―――


「わっ!」


結は顔を赤らめて両手で顔を隠し、一歩後ずさった。


バスタオルだけでも巻き付けておいてよかった、って……そう言う問題じゃない。


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