オディールが死んだ日に
翆はまるでその場から逃げるように俺の手を取り、スカートの裾をわずかにたくし上げると足早にその会場を立ち去った。洗面所と言ったがそれは口実だとすぐ分かった。自然、俺もついていく形になる。そんなに走っているわけでもないが多少なりともアルコールが入っているのと、突然の出来事が頭で整理できなかったことで、俺はみっともなく息切れをしていた。
パーティーの会場になっているこれまた豪華な屋敷の庭に出ると、ありとあらゆる高級車で埋め尽くされていた。その車と車の間を縫って彼女はすいすいと迷いなく敷地内から脱出した。まるで最初からこの敷地の全てを把握しているようだった。
どれぐらい走っただろう。まるで駆け落ちをする若いカップルのように、安っぽくもドラマチックに俺たちは夜のNYの街を駆けた。やがて行き着いた先は公園と言うより小さな広場みたいな所で、昼間ならそれなりに賑わっているであろう場所は人一人通らない閑散としたところだった。丸い敷地の周りを古いアパートメントが囲んでいた。石畳の地面に、中央に小さな噴水がある。その脇にはわずかな街灯があった。知識にあるのはここいらは下町だが、特別治安の悪い場所ではない、と言うことだけ。
どこか異国に迷い込んだ気がした。いや、実際異国の場ではあるが。
翆も少し肩で息をして、どこか楽しそうに俺を振り返った。
「撒いたわ」
「撒く?誰を」
「鬱陶しいマネージャー」彼女は目の前を鬱陶しいハエが行き来しているような仕草で手を振った。
「マネージャー?もしかしてあんたはモデルか女優?」仕事柄、流行りのモデルや女優はチェックしていたが、彼女の顔には見覚えがなかった。
「そんなんじゃないわ」彼女は俺の質問に可笑しそうに笑い、けれどそのどこかミステリアスな答えに俺の心は強く打った。