オディールが死んだ日に
「これを俺に?ありたがたいが、俺はバレエなんてさっぱり」
正直なことを言うと、翆は俺の唇にそっと指を突き出し
「いいの、詳しくても詳しくなくても。私が”この人”って決めた人に渡したかったから。明日観に来てくれたら、きっともっと―――運命を感じる」
翆の言葉に俺が目をまばたくと、彼女はふっと笑って「正直な人はもっと好き」と一言呟いた。
その日は、チケットの礼、と言うか俺と言う人間を知ってもらいたかったのもある。俺は自分の名刺を翆に渡した。
「kick rook?名前だけなら聞いたことがあるわ」
「正直なあんたは、可愛い」俺は彼女の頬にそっとキス。「俺を見つけられたら連絡して」
「ええ、必ずするわ」
そうして俺たちはキス以上のことをすることなく、それぞれにタクシーを拾ってその場を後にした。
次の日、NYの新規事業に同行にしていた秘書の原に「悪いが、今夜のジェームズ氏との会食の予定、キャンセルしてくれ」と願い出た。
「はぁ?こちらでのPharaoh company、ジェームズ氏との会食の取り付け、私がどれだけ苦労したか分かって言ってます?」と原は案の定渋い顔。
「ただの会食だろう?日本じゃあるまいし、体調が悪いとか何とか言ってくれ。会食はまたセッティングすればいいだろう?」しかしあの女は今日以外手に入らない。
「そうは言っても、まさかあなた―――昨日抜け出した女性と?」と原はめざとい。ちっ、見られてたか。
「いつもの遊びの女じゃない。今度は本気なんだ。本気でものにしたいと思った」すげなく言うと原はまたもしかめっ面を浮かべ「本気なんですか?」と聞いていた。
「本気だって言ったじゃないか、俺はあの女が欲しい」
「あなたが連れ出したのはプロバレエダンサーの黒瀬 翆ですよ」
くろせ すい―――
変わった名だ。しかしやはりバレリーナだったか。