オディールが死んだ日に
「そんなに有名なのか?」俺が原に聞くと、原はタブレット端末を開きながら手を動かし
「そこそこに名が売れてるバレリーナみたいですよ。18の時のプロデビューして今は世界中を飛び回ってる。今日の公演は”白鳥の湖”黒瀬 翆は主役のオデットとオディール一人二役を演じるみたいですよ」
原の説明はあまりよく分からなかった。俺は原のタブレットを寄越すように言い、それを手元に画面をスクロールしていった。そこには今回の公演の舞台の様子やら主演バレエダンサーたちの顔写真がいくつも載っていて、簡単な物語の説明も書いてある。
「本気なんですね」原のため息交じりの声が聞こえた。
「言ったろ?本気だって。だから今回の会食はキャンセルしろ」
「分かりました」原は俺と付き合いが長い。俺がこうと言ったら聞かない性格をよく知っている。良い意味でも悪い意味でも。そしてそれ以上に原は有能だ。今回の会食を向こうに悪印象を与えるわけなく、うまくキャンセルしてくれるだろう。
俺はその晩、指定された時間、NYの街中のバレエ劇場の指定された席へと座った。
聞けば音楽、舞踊、視覚芸術の粋が集まるバレエが多種多様に公演されていて、ヨーロッパの洗練性とアメリカの独創性という2つの要素から芸術性の高い観劇として知られているそうだ。今回俺が見に来た白鳥の湖など古典の有名演目はもちろん、セレナーデ(オペラ風の軽い楽曲)やアゴン(舞踊・音楽・劇などの懸賞競技) など、有名なバランシン作品を鑑賞できるらしい。と、これはもっぱら原が調べてくれた情報だ。
この劇場は、中央に噴水のある広場を囲んで右からエイブリーフィッシャー・ホール(ニューヨーク・フィルハーモニック)、メトロポリタン・オペラ、ニューヨーク・シティー・バレエとコの字型に並んだ音楽ホール建築物が壮観で誰もが圧倒されるらしい。情報通り、その劇場はバレエ素人の俺にとっては圧倒される広さと迫力を讃えていた。こんな場所であの女は主役を演じると、と言うのか。俺は改めてあの女が実はただ者じゃないことを知らされた。
だから惹かれたのか。