ジングルベルは、もう鳴らない
「そうだ、松村さん。今起きましたよね?」
「あ、はい。すみません。よく寝ちゃって」
「それはいいんですよ。こちらが無理難題押し付けたんですし。で、お腹空きませんか? もしお時間大丈夫なら、お礼に何か作らせてください。買い物してないんで、あり合わせですけど」


 えぇと、と思い悩んだが、確かに腹は減った。厚かましいかなと思いながらも、「いただきます」と微笑んだ。彼の安堵した顔に、ブンタの嬉しそうな様子。樹里は大役を終えて、ほど良い疲れと幸せを感じている。でもそれは恋ではなくて、ただ人としてホッとしたということだ。


「あぁ……どうしようか、な。うぅん」
「あ、無理なさらなくて大丈夫ですよ。お母さんも無事だったことですし、ブンタも斎藤さん帰って来て嬉しそうだし。私は、それだけで十分です。あまり気にしないでください。なかなか楽しかったですよ、ワンちゃんとの一晩も」


 そう笑ってはみたが、想像していた以上に大変だった。分からないことが、多過ぎたのだ。散歩にしても、歩く速さや糞尿の処理。言われた通りにしたけれど、正解が分からず不安のままだった。自分で飼う時の予行練習にはなったが、それが活かされる日が来るのかは謎である。

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