ジングルベルは、もう鳴らない
「あぁ、いえ。そうじゃなくって、えっと。カレーなら、すぐに出来るんですけど……どうでしょう。お嫌いですか」
「いえ。好きです」
「良かった。すぐ作るので……うん。大丈夫。待ってて」


 大丈夫、とは何か。樹里は首を傾げたが、彼は納得したようにキッチンに立った。慣れた手つきでエプロンに身を付け、手を洗い、冷蔵庫から食材を出して並べる。洗った野菜を切る音が、タタタッとリズミカルでとても心地良い。火をかけ始めるまで、魔法のようにあっという間だった。ショウガとニンニクの香りが立つ。玉ねぎをきちんと炒めるあたり、彼は料理が上手そうだ。

 キッチンに並べられた見慣れたスパイスの瓶。それは樹里の会社のもので、離れていても何の種類か分かる。サフラン、クミンにシナモン。ハーブも沢山揃っていた。


「ブンタ。パパはお料理が上手なの?」


 聞いても分からないだろうに、自然とブンタに問い掛けていた。一晩一緒に過ごして、友情の絆は深まった気がしている。夜よりもずっと安心した顔ですり寄るブンタを撫で、キッチンで調理する彼を見ていた。それは、今まで体験したことのないことだった。男の人に料理を作られたことなどない。一緒に作ったこともない。幸せな休日の夫婦みたいだな、なんて想像してハッとする。急に恥ずかしくなって首を振った樹里を、ブンタは隣で不思議そうに眺めていた。
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