ジングルベルは、もう鳴らない
 ふと、思い出す。これまで、何度か感じてた違和感。彼はきっと、あの店の主人だと気付かれまいとしてくれたのではないか。あの日のことを思い出させないように。たびたび会話に起こる微妙な間。それから、カレーやプリンを出すことへの躊躇い。それは全て、斎藤の優しさなのだろうと思った。


「松村さんよりも長く生きてるから、今度困った時は、助けてあげられるかなぁ。あぁでも、悲しそうな若い女の子にスマートに声を掛けられなかったんだ。ちょっと信用ないかぁ」


 ごめんね、と斎藤は戯けた。いや、戯けてくれた。あの日のカレー屋だとバレてしまった今、せめて気を遣わせまいとしてくれているのだ。あぁ、その優しさが苦しい。 


「あの時は、まぁあんなでしたけど。でも、本当に美味しかったでんす。良かった、また食べられて」
「本当? 嬉しいなぁ。あ、そうだ。前に僕の店を探してたよね」
「え? あぁ、えっと。そうなんですよ。また食べたいなぁって思ってたのと、プリンのお礼に行きたくて」


 仕事で、とは言えなかった。その感情を今入れるのは難しい。とてもじゃないけれど、仕事の頭には切り替わらなそうだった。
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