ジングルベルは、もう鳴らない
「これでよかったら、いつでも作るよ。いつでも言って」
「本当ですか? やった。ありがとうございます」


 無意識に、子供っぽく振舞っていた。自分らしくないな、と微かに頬がピクリと動く。それでも、面を貼り付けたように表情を崩さなかった。湧き出ていた感情を、何一つ気付かれたくない。何も知られたくなかったのだ。

 「あの。今はお店やられてないんですか」とおずおずと尋ねる。これは、仕事というよりも興味だった。こんなに美味しいカレーを作れて、シェアレストランまでやったのだ。別のところで店を出しているに違いないと思った。そういえば、そもそも樹里は斎藤の職業を知らない。会社で部下に慕われている姿は想像出来たが、そんな話をするほど親しくはなかった。


「あぁ実はね、色々あって。あの後すぐに、実家を継いだんだ。昔からある喫茶店なんだけどね。元々は小料理屋で働いてて、自分の店を持ちたくなって。いろいろ考えて、カレー屋を出そうって決めた時だったの、あの時は。そうしたら、親が年取ったから店を閉めようかって言い出して。それならってさ」
「へぇ、そうだったんですね。とっても美味しいのに、最近出てないって聞いてたので。勿体ないなぁって思ってて」
「うわぁ、嬉しい。シェアレストラン、やってみて良かったな」

 斎藤の表情が、一気に明るくなる。その綻んだ顔を見るだけで、樹里もまた嬉しくなった。
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