ジングルベルは、もう鳴らない

第31話 彩りを持ち始めた街並み

「では、この決定で異論ありませんか」


 皆に試食を頼んでから三日。店舗決定の最終会議で、樹里の声にメンバーが頷いた。樹里の声に、メンバーの皆が頷いた。ようやく決まった店舗の名の脇にチェックを入れる。店の名は、ジャズ喫茶羽根。あの斎藤の喫茶店である。


「急な方向転換で申し訳なかったですが、皆さんの納得のいくお店を探し出せて良かったと思っています。ありがとうございます。では、この決定で進めて行きたいと思います。今後の割り振りは再度しますが、意見などがあったら早めに言ってください。よろしくお願いします」


 最終候補として残ったのは三軒。下町イタリアンのチーズたっぷりカレー。老舗蕎麦屋の和風カレー。それから、斎藤のキーマカレーだった。どれもテーマとの相違なく、商品化への流れも問題がない。では何が決め手だったのかといえば、結局は味だった。皆に試食を促した日からそう経っていないのに、何人かは自ら行ったと聞いている。ご主人のビジュアルもいいよね、だなんて言った子がいたものだから、余計に女性社員の興味を引いたようだ。イケオジだった、なんて聞こえた日には、樹里は苦笑いするしかなかったが。


「決まりましたね」


 一つ肩の荷を下ろした樹里に、大樹がニコニコと声を掛けた。


「そうね。平野くんの舌にはだいぶ助けられました。ありがとうね」
「へへへ、ありがとうございます」


 照れ笑いした大樹は、褒められた、と浮かれて席へ戻る。その背は、だいぶ成長したように感じられた。チームを組んだ時は、不安要素しかなかった彼。今では重要な役割を果たし、本人も自信が付いたようだった。


「さてと、行きますか」


 キリッと視線を上げ、樹里は方向転換をする。向かう先は、まずは課長だ。遅れは徐々に取り戻せているが、休んでいる暇はない。もうカレンダーは十二月になってしまった。彩りを持ち始めた街並みに目を瞑りながら、仕事だけを頑張って来たのだ。このプロジェクトは成功させる。樹里は、強く、強く心に誓った。
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