ジングルベルは、もう鳴らない

第33話 寂しいけれど、それが現実

「いらっしゃいませ。あれ?」


 扉を開けると、ノリのいいジャズがすぐに聞こえて来た。こちらを見た斎藤と目が合い、こんにちは、と微笑み深く深く頭を下げる。これは仕事だと、改めて心に線引きをしたのだと思う。


「二人共、知り合いだったの? 前に来てくれたよね。えぇと」
「あ、平野です」
「そう。平野くん」


 客として来ていただけだと言っていたが、名前まで名乗っていたのか。この勢いでは、二度目の来店だとしても、恋の相談でもしてそうな雰囲気である。樹里の頬が、僅かに引き攣った。


「松村さんは、初めてだね。いらっしゃいませ。ここが僕の店、というか実家ですね」
「あ、実家」
「そう。上が実家なの」
「そうだったんですね」


 ということは、あの日の病院も近かったのだろう。この店は、家から徒歩でも来られる距離だ。すぐに駆け付けられたのなら良かった。そう、人知れず安堵する。
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