ジングルベルは、もう鳴らない

第36話 願い

「ジャズ喫茶羽根のご主人、斎藤さんからお返事をいただきました。今回の件、お受けいただけるとのことです」


 ミーティングルームの視線が、全て樹里に注がれる。緊張していた目が、徐々に喜びに変わるのを見た。パラパラと拍手が起こって、場の雰囲気が和み始める。ここまでの頑張りが報われた瞬間だ。隣から大樹が、良かったですね、と音が鳴るか鳴らないか分からないような拍手をくれた。樹里も、穏やかに微笑んだ。
 斎藤からの連絡は、だいぶ遅くになってからだった。結局酒を飲む気になれず、長めに風呂に浸かり、早めにベッドに入った後のことだ。ただぼぅっとしていたところに、携帯が鳴ったのである。


『夜分にすみません。お仕事の件ですが、ありがたく受けさせていただきます。よろしくお願いします。斎藤』


そんなメールが届いた。日を跨がないうちに返事をしたかったのだろう。『ありがとうございます。改めて後日、ご挨拶に伺います。松村』と返し、携帯は放り投げた。感情は、複雑だった。嬉しいはずなのに、僅かな乙女心が溜息を吐いた気がしたくらいだ。そのまま寝付けなかったのは、目の下のクマが物語っている。
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