ジングルベルは、もう鳴らない
「何かありました?」
「あ、ううん。朱莉。クリスマスの予定を送り付けてきた」
「朱莉さん。樹里さんと過ごすんですね。そっかぁ……よかった」


 さっきまであんなに落ち込んでいた顔が、瞬時に明るくなった。なるほど。彼が落ち込んでいたのは、自分の予定がないからだけではない。好きな人が誰と過ごすのだろうという不安だ。つまり今、知らない男と過ごすのでないと分かって安堵したのだろう。実に淡く純粋な恋だ。


「じゃあ、頑張って。何かあったら、すぐに連絡してね」
「はい。頑張ります」


 会社を出て、駅へ向かう。電車に乗ったら、すぐに朱莉のメッセージを読もう。どんなクリスマスになるかな。肉と酒は外せない。いや、意外と寿司もあるか。正解を見る前に、あれこれ朱莉の言いそうなことを想像して、ちょっとだけ口元が緩んだ。


「樹里さんっ、待って。樹里さん」


 大きな声で呼ばれた樹里は、慌てて振り向く。そこには、大樹がいた。「ん、どした?」と抜けた言葉を返してしまったのは、そんなに切羽詰まった顔で報告を受けることが思いつかなかったからである。わざわざ会社から飛び出てきて、呼び止められた。仕事の急用ならば、さっき伝えられたはずだが。慌てて追って来た割に大樹は何も言わず、ただキョロキョロと辺りを見渡すのである。樹里も釣られて辺りを見るが、特に何も見当たらない。思わず、首を傾げた。
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