ジングルベルは、もう鳴らない
「あ、いや……」
「何かあったの」
「いや、えっと。あっクリスマス……そう、クリスマス」
「クリスマス?」
「ふっ、二人ですよね?」


 思わず目を点にして、多分そうだと思うけど、と返した。肩で息をして、必死になって追いかけてまで聞くような話でもないだろう。大樹はまだ、何か言いたげにモジモジしている。 


「どうした?」
「あぁ、えっと。違うんです。その、男の人とか一緒……なのかなって」
「おぉ、そっか。まだ確認はしてないけど、多分二人だと思うよ」


 ぎこちなく頷いて、彼はまたキョロキョロする。そして、良かったです、と不自然に笑った。自分も一緒にとでも思ったのだろうか。誘ってあげたい気もするが、こればかりは朱莉の意見もある。勝手には誘えない。


「大丈夫? アポあるから行くけど」
「は、はい。お呼び止めしてすみませんでした。いってらっしゃい」
「はぁい。じゃあ、あまり無理しないようにね。お疲れ様」
「お疲れ様でした」


 大樹は、小さく手を振った。そして、いつものようにニコニコと笑う。不安は解消されたのだろうか。とりあえず樹里も同じように手を挙げ、駅へ向かって歩き始める。あれは、誘って欲しそうな雰囲気ではあったな。そんなにクリスマスが気になるのか、と樹里は頭を悩ませる。何を企画してくれたかによるが、朱莉に大樹もどうか聞いてみるか考えていた。

 これから斎藤に会いぬ行くが、心は意外と落ち着いていた。母親がいればマシンガンのように話に割り込んで来るし、今のところはヒロミには会っていない。それに、いちいち心を乱されている暇もないほど、仕事の期限は迫っている。それが幸いというところだろう。こちらの都合で余裕はないが、彼は一度も苛立った顔を見せたことがない。そのお陰で、仕事は順調に進んでいる。早いうちに斎藤に来社してもらい、他部署との確認を行いたい。考えることは沢山あるのだ。街中に溢れる、クリスマスのデコレーション。樹里が恐れていた期間は、忙しい間に過ぎていく。深く千裕を思い出すこともなく、季節はどんどん変わるのだ。樹里は、前だけに真っ直ぐ進んでいる。
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