ジングルベルは、もう鳴らない
 斎藤はカウンターに戻り、コーヒーを落とし始めた。初めはお代も気にしたが、今はありがたく頂戴することにしている。この押し問答は無意味だよ、と斎藤が笑ったからだ。


「はい。今日は上手く淹れられたと思うけど」
「ありがとうございます。いつも美味しいですよ」
「そう? なら良かった」


 フフッと二人で微笑んで、とりあえず一口飲む。示し合わせたわけではなく、何となくそういう流れになった。ブンタと散歩に行った時のような、穏やかな時間が流れていく。細やかな幸せを感じていたりするが、仕事の気持ちを維持していられている。これも、彼がきちんとした線引きをしてくれているからだと思う。


「さて、今日なんですが」
「はい」


 話始めれば、互いにスッと背筋を伸ばした。資料に目を通しながら、斎藤は相槌を打ち、質問を寄越す。それがテンポも良く、話の腰を折られた感覚を覚えたことは一度もない。こちらの都合で焦りがあっても、彼は嫌な顔一つ見せない。優しさという余裕だろうか。初めての責任者としての不安は、それにだいぶ甘えてしまっている。
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