ジングルベルは、もう鳴らない
「それと、近いうちに一度弊社に起こしいただくことは可能ですか」
「昼間ですよね? だい……」
「いいわよ。お母さん、いてあげるから。お父さんも大丈夫」
いつの間にか隣の席に座っていた母親が、彼の言葉を遮り割り込んだ。「……だそうです」と斎藤は呆れながら答え、また追い払う。それもまた、この店のよくある光景だった。
「ふふっ。ありがとうございます。時間的には、ランチの後がいいかなと思っているのですが、いかがでしょう」
「そうですね。十五時くらいなら大丈夫かと思うのですが」
「構いませんよ。日程は追って連絡しますね」
「お願いします」
コーヒーを飲みながら、話は順調に進む。何だか仕事じゃないみたいな気がしてしまう。心がポワンとしかけたが、スッとそれが引いて行った。母親がレコードを変えたのだ。ノリの良い、あの陽気なジングルベルに。聞き慣れたおじさんの声。それから代わるように歌い出す女の人の声。口元は何とか微笑んでいるけれど、視点が定まらない。
「どうしました?」
「あぁいえ。何でもないです」
動揺を誤魔化す。上手く出来た気はしないが、長く細い息を吐いてやり過ごした。大丈夫、分かっている。この曲は、そんなに長くない。二分ちょっとだ。大丈夫、あと少しで終わる。
「匡、お母さん買い物行って来ていいかしら」
「あぁ、はいはい。大丈夫だよ。いってらっしゃい」
「じゃあ、樹里ちゃん。ごゆっくりね」
「ありがとうございます」
息子の友人が来たくらいの感覚で、彼女は樹里にそう言う。仕事で来ているのにと、初めはやりづらさを感じていたが、この一週間あまり契約などでほぼ毎日来ていると、その有り難みも感じる。それは確実に緊張を解し、一様に無碍にはできないのだ。今日は何にしようかしら、と言いながら出て行った母親。斎藤はまた、呆れた顔をしていた。そして樹里は、ひたすらに曲の終わりを待っている。
「昼間ですよね? だい……」
「いいわよ。お母さん、いてあげるから。お父さんも大丈夫」
いつの間にか隣の席に座っていた母親が、彼の言葉を遮り割り込んだ。「……だそうです」と斎藤は呆れながら答え、また追い払う。それもまた、この店のよくある光景だった。
「ふふっ。ありがとうございます。時間的には、ランチの後がいいかなと思っているのですが、いかがでしょう」
「そうですね。十五時くらいなら大丈夫かと思うのですが」
「構いませんよ。日程は追って連絡しますね」
「お願いします」
コーヒーを飲みながら、話は順調に進む。何だか仕事じゃないみたいな気がしてしまう。心がポワンとしかけたが、スッとそれが引いて行った。母親がレコードを変えたのだ。ノリの良い、あの陽気なジングルベルに。聞き慣れたおじさんの声。それから代わるように歌い出す女の人の声。口元は何とか微笑んでいるけれど、視点が定まらない。
「どうしました?」
「あぁいえ。何でもないです」
動揺を誤魔化す。上手く出来た気はしないが、長く細い息を吐いてやり過ごした。大丈夫、分かっている。この曲は、そんなに長くない。二分ちょっとだ。大丈夫、あと少しで終わる。
「匡、お母さん買い物行って来ていいかしら」
「あぁ、はいはい。大丈夫だよ。いってらっしゃい」
「じゃあ、樹里ちゃん。ごゆっくりね」
「ありがとうございます」
息子の友人が来たくらいの感覚で、彼女は樹里にそう言う。仕事で来ているのにと、初めはやりづらさを感じていたが、この一週間あまり契約などでほぼ毎日来ていると、その有り難みも感じる。それは確実に緊張を解し、一様に無碍にはできないのだ。今日は何にしようかしら、と言いながら出て行った母親。斎藤はまた、呆れた顔をしていた。そして樹里は、ひたすらに曲の終わりを待っている。