ジングルベルは、もう鳴らない
第40話 深い意味
斎藤は、結婚を考えている。その相手は、可愛らしいヒロミ。金曜日になっても、頭の中ではそれが静かに回っていた。
久しぶりに抱えた淡い気持ちは、完全に行き場がなくなった。恋なんてしている場合ではないと仕事をして来たのに、彼に会うことが増え、ちょっと意識してしまったんだ。僅かに膨らんでしまった想いは、すぐ吹っ切れるわけがない。どこかそう投げやりになりながら、何とか仕事をやって来た。週末のクリスマスの予定は、もうびっちり決められている。あと数時間、集中しなければ。
「樹里さん、今日ですよね? 斎藤さん来るの」
「へ? あっ。危ない……お迎え行ってきます」
「大丈夫ですか。もう、しっかりしてくださいよ」
「ごめん、ごめん」
まさかの大樹に心配されるとは。樹里は微妙な屈辱を覚えながら、階下へ降りる。斎藤との待ち合わせは十五時。あと六分しかない。今日は、各部署へ挨拶に行くことになっている。こんな緩んだ気持ちのままじゃいけない。自分を戒めて見えたセキュリティゲートの向こうには、斎藤の姿があった。
「お待たせしてすみません」
慌てて駆け寄った樹里に、こんにちは、とニコッと微笑む斎藤。ジャケットを着て、髪もいつもよりキチッと整えている。店で会う時のようにシャツにエプロンではなく、ブンタを連れている時のようなラフさもない。改めて大人だと感じさせる雰囲気だった。
「お忙しいところ、ご足労いただきましてありがとうございます」
「いえいえ。こちらこそ。よろしくお願いします」
互いにお辞儀をするが、ちょっと硬い。恐らく、それぞれが違う緊張を抱えているのだ。樹里は来客者手続きを取り、入館証を手渡す。斎藤は物珍し気にそれを見て、会社員になったみたい、と正直に笑った。ゲートにそれをタッチすれば、おっ、と小さく声を上げて目を輝かせる。何を見ても楽しそうで、嬉しそうでだった。こんな人と一緒にいたら楽しいだろうな。ぼんやりと、そんなことを考えていた。
「まぁいつもの格好でいいかぁなんて思ってたら、長兄にジャケットに着て行けって怒られて。多分、母さんが言ったんでしょうね。すかさず二男から、モシャモシャの髪でいくなよって。珍しく兄弟で連絡取り合っちゃいましたよ。でも、ちょっと変でしたかね」
「いえいえ、そんなことはないです」
素敵です、とスルッと言おうとして口籠る。それを隠すように、まず私の部署を案内しますね、と笑顔を貼り付けた。本当は、自分でも驚いている。そんなことを言おうとしたことに。いや、深い意味がないのなら、言ったって良かった。言えなかったということは、深い意味があったのだ。想像以上に、斎藤を想っているのではないか。薄っすらそんなことが頭を過っては、いつものように自問自答している。
気不味さを隠しながら、エレベーターに乗り込む。二人だけの空間だが、何もおかしなことはない。ただ樹里の鼓動が煩いだけだ。彼はもう、ヒロミとの結婚を考えているというのに。
久しぶりに抱えた淡い気持ちは、完全に行き場がなくなった。恋なんてしている場合ではないと仕事をして来たのに、彼に会うことが増え、ちょっと意識してしまったんだ。僅かに膨らんでしまった想いは、すぐ吹っ切れるわけがない。どこかそう投げやりになりながら、何とか仕事をやって来た。週末のクリスマスの予定は、もうびっちり決められている。あと数時間、集中しなければ。
「樹里さん、今日ですよね? 斎藤さん来るの」
「へ? あっ。危ない……お迎え行ってきます」
「大丈夫ですか。もう、しっかりしてくださいよ」
「ごめん、ごめん」
まさかの大樹に心配されるとは。樹里は微妙な屈辱を覚えながら、階下へ降りる。斎藤との待ち合わせは十五時。あと六分しかない。今日は、各部署へ挨拶に行くことになっている。こんな緩んだ気持ちのままじゃいけない。自分を戒めて見えたセキュリティゲートの向こうには、斎藤の姿があった。
「お待たせしてすみません」
慌てて駆け寄った樹里に、こんにちは、とニコッと微笑む斎藤。ジャケットを着て、髪もいつもよりキチッと整えている。店で会う時のようにシャツにエプロンではなく、ブンタを連れている時のようなラフさもない。改めて大人だと感じさせる雰囲気だった。
「お忙しいところ、ご足労いただきましてありがとうございます」
「いえいえ。こちらこそ。よろしくお願いします」
互いにお辞儀をするが、ちょっと硬い。恐らく、それぞれが違う緊張を抱えているのだ。樹里は来客者手続きを取り、入館証を手渡す。斎藤は物珍し気にそれを見て、会社員になったみたい、と正直に笑った。ゲートにそれをタッチすれば、おっ、と小さく声を上げて目を輝かせる。何を見ても楽しそうで、嬉しそうでだった。こんな人と一緒にいたら楽しいだろうな。ぼんやりと、そんなことを考えていた。
「まぁいつもの格好でいいかぁなんて思ってたら、長兄にジャケットに着て行けって怒られて。多分、母さんが言ったんでしょうね。すかさず二男から、モシャモシャの髪でいくなよって。珍しく兄弟で連絡取り合っちゃいましたよ。でも、ちょっと変でしたかね」
「いえいえ、そんなことはないです」
素敵です、とスルッと言おうとして口籠る。それを隠すように、まず私の部署を案内しますね、と笑顔を貼り付けた。本当は、自分でも驚いている。そんなことを言おうとしたことに。いや、深い意味がないのなら、言ったって良かった。言えなかったということは、深い意味があったのだ。想像以上に、斎藤を想っているのではないか。薄っすらそんなことが頭を過っては、いつものように自問自答している。
気不味さを隠しながら、エレベーターに乗り込む。二人だけの空間だが、何もおかしなことはない。ただ樹里の鼓動が煩いだけだ。彼はもう、ヒロミとの結婚を考えているというのに。