ジングルベルは、もう鳴らない

第42話 終わったこと

「ごめんなさい、斎藤さん。私……ちょっと、用事が」
「あ、えっと。だ……はい。では、僕はここで」
「お疲れ様です。また来週、伺いますね」


 何とか、ぎこちなくとも、必死に笑みを作った。一瞬だけ困惑したように見えた斎藤は、小さく会釈をしてから手を挙げて去って行く。その背を確認して、樹里は男の腕をコートの上から掴んだ。とにかく会社から離れたい。できるだけ人のいない場所へ行かなければ。 

 何も言わないままで、ズンズンと北へ進んだ。急いでいるのに、変わらない信号。男は無言のまま、樹里の脇に立っている。今は口を開いてはいけない。ここで話を始めてしまったら、止まらなくなってしまう。強張った表情で、男も黙ってついて来る。どこに向かっているのか分かっているのだ。しばらく歩いて着いた公園。丁度、互いの会社の真ん中。六年半、よく待ち合わせをしてきた公園である。

 そして、樹里は手を離す。ここまで掴んで来た、千裕の腕を。
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