ジングルベルは、もう鳴らない
「俺、騙されてたんだ」
「え?」
「小笠原に」


 深刻そうに千裕は言うが、樹里はすぐにそれを察する。あぁ、と冷たい声が出た。やっぱりそうだったのか、としか思えない。それが香澄という女だ。


「知ってたのか」
「いや、知らないけど。でも、疑ってはいたよ。子供なんて、いないんじゃないかって」


 朱莉も言っていたアイスコーヒー。それから、エコーだって。けれど、樹里が最も信用できなかったのは、香澄自身だ。あの子が言うことを、全て真に受けていいとも思えなかった。それに、千裕を信じたかったのだ。あの時は。


「やっぱり、知ってたんだな?」
「違うわよ。彼女の言うことが、百パーセント真実だと思えなかっただけ。それに、ちひ……あなたのことを信じたかったのよ。だって、六年半も一緒にいて、そんなことをするようなバカ(・・)だと思いたくなかったもの」


 この男を信じようとした自分を殺してしまいたい。今思えば、そのくらい馬鹿らしい時間だった。六年半も一緒にいて、何を見ていたんだろう。上辺しか見ていなかったことに、樹里は少なからず落ち込んだ。浮気なんてできるような男じゃない、そう信じていた。でも、その信頼を消し去ったのも千裕だ。そういうことはしていない、とは言ったが、嘘をついてまで香澄と二人で会っていたのは事実だったはず。だから、子供ができていなくてもセックスをした、若しくはそれが疑われる事実がある、と今でも思っている。
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