ジングルベルは、もう鳴らない
「あの後すぐに、小笠原に会った。アイツの話をちゃんと聞いてから、樹里ともう一度話がしたかったんだ。そうしたら、エコー写真っていうのを見せられた。俺にはそんなことをした記憶はなかったけど……確かに一度、アイツの部屋に行ったことがある。酒を飲み過ぎて、帰れなくって。朝起きたら、アイツの部屋にいたことがある。一度だけ」


 千裕の目は本気だった。彼の記憶は、そうなのだろう。でも樹里は、千裕のしそうなことを想像できている。六年半で染み付いたことが、そう思わせるのだ。


「あなたのことだから、全然記憶がないんじゃない? 朝起きたら彼女の部屋にいた。夜のうちに何があったかは、覚えていない。多分そんなところよね」
「そうなんだ。そうなんだよ。子供ができたって言われて。簡単に堕ろせなんて言うなって、樹里言ったろう? だから俺、一度は腹を括ったんだよ。でもさ……樹里にばったり会って、俺このままでいいのかって思って。小笠原ともう一度話し合ったんだ。素直にあの夜のことを覚えていないって」


 一つ一つ丁寧に説明しようとする千裕を、樹里は黙って見ている。本当はもうどうでもいい。それでも聞いているのは、これを最後にして欲しいからである。恨まれたくもないし、面倒なことになるのも避けたい。だからこれは、冷静に対応をしないといけないこと。彼の話を遮ってはいけない、と心が警鐘を鳴らしていた。
< 146 / 196 >

この作品をシェア

pagetop